【お知らせ】新企画アンケート

ただいま、新企画に向けてのアンケートを実施しております。
今年は、「毒親から経済的に自立するための新企画」を始めようと思っているので、それについてのアンケートです。
よろしければご協力お願いします。

日常会話に「真実」はいらない②

日常会話に真実はいらないその他記事

昨日の記事の続きです。

日常会話に「真実」はいらない①
推理小説や裁判、そこまでいかなくとも話し合いや相談などにおいて、「真実」はとても重要なものだと思います。でも、日常会話では、真実を重視しすぎると窮屈な会話になってしまうのではないでしょうか。

昨日は、

  • 日常会話では、なるべく「事実」を重視しないほうがよい
  • 事実は客観的で分かりやすいので、つい話してしまう
  • 一方で、事実を語らなくても、楽しいコミュニケーションができるのでは?

という内容の記事を書かせていただきました。

では今日は、私が、個人的に日常会話の中で何を重視しているのかお伝えしようと思います。

 

真実よりも気持ちが大事

私の場合、日常会話の中で真実よりも重視しているのは気持ちです。

昨日の記事で挙げた例は、

【話し相手 ( Aとします ) が事業に失敗したせいでAの年収が減ってしまい、そのAが「年収が減ってつらい」と伝えてきた】

というものでしたが、この例で言えば、「年収が減ってつらい」の「つらい」という部分にスポットを当てる感じですね。

もし、仮に相手が「つらい」と直接言わなかったとしても、私は「年収が減ったという出来事に、Aはどのような感情を抱いているのか」というところに焦点を当てたいと常に思っています。

「相手の気持ちにスポットを当てる」というのは具体的にどういうことなのかと言うと、すごく単純です。

「ああ、相手はつらいんだ」とただ認識することです。

そのような一文を頭の中にいったん思い浮かべると、単に言葉上で相手の気持ちを聞くよりも、相手の感情を実感できるような気がします。

生産性もありませんし、解決策を思いついているわけでもありませんが、たったこれだけでより心地よい会話ができると思います。

もちろん、「相手はつらいんだろう」と勝手に思い浮かべた感情が、実際とは違っているということもあるかもしれません。

もし、その「感情の認識のズレ」が気になったり、誤解と言えるほどに大きかったりする場合は、会話の中で徐々に修正していけばいいと思います。

 

「気持ち」を重視したほうがいいと思った理由

なぜ私は、日常会話の中で気持ちを重視するようになったのか?
それには、とあるきっかけがあります。

突然ですが、私には祖父がいます。

かつてその祖父は、「事実を指摘したほうが相手のためになる」と主張し、たとえ事実かどうか疑わしいことでも、祖父自身が事実だと思ったことはなんでも遠慮なく人に伝えていました。

  • 1度病気にかかったお前は幸せになれない
  • お前は自分の意見を主張する妻だから旦那にあきれられる

などなど…。

私自身が言われたこともありましたし、他の人が祖父に言われている現場を見ることもよくありました。繰り返しますが、これらはすべて私の祖父が事実だと思ったことであり、実際のところどうなのかは疑わしいです。

でも、祖父の思惑とはちがい、やがて私は、そんな風に「事実だと思うこと」を無遠慮に話していた祖父とは何も話したくなくなってしまいました

祖父は本当に相手のためを思って言っていたのかもしれませんが、そこには皮肉にも「祖父と会話したくない」という事実しか残りませんでした。少なくとも、私と祖父のあいだには。

ちなみに当時の私は、「家族と話したくない」と思うことに、苦悶するほどの罪悪感を抱えていました。

そのため、この記憶は「苦い経験」として私の心の中に残りました。

私のせいでそんな苦い経験を人にさせたくないし、「この人と話したくない」と相手に思われるのも悲しいので、私は会話の中で事実を重視しなくなったのです。

 

事実を指摘しても、モチベーションに結びつかない

昨日の記事で「事実は誰にとっても客観的な物差し」だと書きましたが、「誰にとっても」の部分には、「その事実に関係ある本人」も含まれます。

昨日の例で言えば、Aのことですね。

どういうことかと言いますと、つらい事実に直接関係ある本人だって、自分の周囲を取り囲む現実を知らないわけではないと私は思うのです。

自分の身の回りに起きていることをよく知っているからこそ、他人からつらい事実を強く再認識させられても、「言われたことは事実なんだからがんばろう!」とはなかなか思えないのではないでしょうか。

そう思えるタフな方もいらっしゃるのかもしれませんが、私にはうまくできませんでした。

他人を奮起させてモチベーションを上げることすらできないのであれば、もはや事実を指摘する必要などないのではないでしょうか。

2日にわたる長い記事になってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人
Anna

毒親育ちで在宅WebライターのAnnaです。

いわゆる「パワハラ上司」のような祖父母・両親のもとで育ち、大人になっても人間関係をうまく築くことができず、抑うつ・無職などを経験しました。

今は、毒親との絶縁に成功し、バイトしながら在宅でWebライターとして穏やかに暮らしています。

「甘え」、「親不孝」など毒親育ちに対する世間の厳しい言葉をとりあえず置いておいて、100%毒親育ちサイドに立って発信していきます。

詳しいプロフィールはこちら

【Webライティングの実績】
・通算500件以上の記事を執筆
・大手生命保険メディア様にて多数記事掲載
・Fintech系サイト様にて記事を1カテゴリー全執筆
・「サグーワークス」様の合格率1%「プラチナライターテスト」に一発合格
・「Lancers」様にて、Webライティング開始後1か月で「認定ランサー」の資格を取得

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