誰かが認めてくれないと自信がもてないなら、自分の評価基準を下げてみる

承認欲求が強すぎて苦しい毒親からの精神的解放
ちょっとしたつぶやき
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1か月前なのに、街はハロウィン一色ですね。
季節イベントを先取りする世間の流れが早くてちょっと疲れますが、カボチャのお菓子がお店の棚に並ぶのはうれしいです。

今日のお話は、「自信」と「承認」がテーマです。

「最初はやる気に満ちていても、途中で息切れするときがある」
「私は自己評価が低い。そのせいで落ち込むことが多いような気がする」

毒親育ちには、自己肯定感が低くて苦しんでいる方は非常に多いと思います。

自己肯定感が低くてつらい思いをしたことがあるなら、リラックスしながらこの記事を読んでみてください。

自分の価値は他人の評価で決まる?

「誰にも認めてもらえなくても、私はコレに自信を持っている!」
みなさんには、そういうものがありますか?

容姿やスタイルなどの外見だったり、社会的地位などのステータスであったり、料理や書道などの技能だったり、あるいは、漠然とした根拠のない「私はすごい」という自信であったり…。

どんなものであれ、「誰がなんと言おうと、自分はコレに自信がある!」と言える人は魅力的だと思います。

毒親育ちの私は、何か新しいことをするたびに、誰かに認めてもらわなくては自信が持てません。
誰かに「いいね」と言ってもらわないと、自分でも「いい」と思えないのです。

承認欲求という言葉がありますね。
一言で言ってしまえば、「他人から認められたいという欲求」ということだと思います。

昔読んだ本によると、無条件で受け入れられた経験がない人のほうが、承認欲求が強いとのことでした。
毒親育ちなら、心当たりがありすぎると思います。
少なくとも私にとって、無条件で受け入れてもらえるなんてことは、空想上のおとぎ話に近いです。

認めてもらう行為自体は好きじゃない

ただ、そんな自己肯定感が低い私ですが、他人に承認してもらおうとすることはあまり好きではありません。

「他人に認めてもらいたいくせに、他人に認められるのが好きじゃないって一体どういうこと?」

と疑問に感じるかと思いますが、それについては、私の中に明確な答えがあります。

結局、他人に承認を期待したところで承認が得られることはまずありませんし、他人に承認を強制するのは私の信念に反するからです。

このサイトの記事でも何度か書いていますが、私は、「他人に何かを強制する」というのがあまり好きではありません。
毒親から、イヤというほど物事を強制されてきたからです。おそらく、同じように思っている毒親育ちもいると思っています。

なんとなく自分は承認欲求が強いと思っていても、そんな自分を何とかしたいと思っている方もいるでしょう。
では、他人に承認を求めないようにするためにはどうしたらよいのでしょうか?

【解決策】自分で自分の評価基準を下げる

他人に承認を求めたくないけど、かといって自分を認めてあげることもできないので、私は長年苦しんできました。

そこで私は、自分の評価基準を下げることにしました。
どういうことかというと、「何かちょっとでも実行すればそれでよい」と考えるということです。

例えば、私は今まで仕事を探しているとき、

「すばらしいプロフィールを完成させ、面接も完璧にこなし、問題なく入社する」

という条件をクリアできないと、私は自分自身を「私は就職活動した」と認めることができませんでした。

でも、今はそうではなく、

「とりあえず1行でもプロフィールを考えて、気が向いたら面接に申し込んで、できれば入社できたらいいなあ」

という状態でも、「私は就職活動した」と認めるようにしています。

もちろん、実際の成果には差が出ると思いますが、自分自身を「ちゃんと行動した」と認められるかどうかはけっこう重要なんです。
なぜかというと、「高度な条件をクリアできなければやっていないことと同じ」だなんて、あまりにむなしいと感じてしまうからです。

自分に厳しすぎて自滅した過去

このように思えたきっかけは、実際に就職活動で成果を出せていなかった昔の私に対して、両親が、

「お前は間違っている、何もがんばっていない」

と遠回しに非難されたことでした。

当然、当時は何も行動していなかったわけではなく、面接に出かけたり、わずかな貯金を投資して勉強したりしていました。
それを、成果が出なかっただけで「何もしていない」ことにされ、腹が立ったのです。

弱い私は、そのまま気力を失って、就職活動自体を放棄してしまいました。

昔から、父は「結果が出なければ意味がない」とくり返し私に教えてきましたし、私自身もそうだと信じてきました。
でも、いざ結果を出せず、自分の努力をなかったことにされたとき、私はようやく、その考え方がどんなにむなしさと悔しさをもたらすか気づいたのです。

評価基準を下げたらつらさが減った

こうして評価基準を下げることで、たとえ誰が認めてくれなくとも、少しだけ、ほんの少しだけ、私は自分を認められるようになったと思います

このブログも、誰かに文章を褒められた上で載せているわけではありません。
掲載前にブログの文章を読んでいるのは、私自身だけです。

誰かが認めてくれたわけでもないのにこうして文章を載せているということは、私は、私の文章を「掲載してもよいものだ」と自分で認めているということになりますね。
こうして行動していることが、私が、多少は自信を持てるようになった証拠かもしれません。

よって私は、「自分自身を認められない」と悩む方に対して、自分の評価基準を下げることで、だんだんと自信を持てるようになるかもよとオススメしています。
私もまだ、「でも、結果が出ないと困る…」なんて思うこともありますから、この考え方がカンペキに身についているわけではありませんが、着実に心が楽になっていきます。

そして、そのように自分を少しずつ認めているうちに、やがて、「誰になんと言われようとも、私は私に自信がある」という状態になれたら、それはとてもすごいことだと思います。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人
Anna

毒親育ちで在宅WebライターのAnnaです。

いわゆる「パワハラ上司」のような祖父母・両親のもとで育ち、大人になっても人間関係をうまく築くことができず、抑うつ・無職などを経験しました。

今は、毒親との絶縁に成功し、バイトしながら在宅でWebライターとして穏やかに暮らしています。

「甘え」、「親不孝」など毒親育ちに対する世間の厳しい言葉をとりあえず置いておいて、100%毒親育ちサイドに立って発信していきます。

詳しいプロフィールはこちら

【Webライティングの実績】
・通算500件以上の記事を執筆
・大手生命保険メディア様にて多数記事掲載
・Fintech系サイト様にて記事を1カテゴリー全執筆
・「サグーワークス」様の合格率1%「プラチナライターテスト」に一発合格
・「Lancers」様にて、Webライティング開始後1か月で「認定ランサー」の資格を取得

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