いつも笑顔でいるのをやめてみました

笑顔をやめてみました毒親からの精神的解放

いつもお勉強お仕事お疲れさまです。

今日の記事はタイトルからして暗い内容に見えるかもしれませんが、「疲れていた私がこうしたらラクになったよ」という前向きなお話ですので、ご安心くださいね。

私はいつもニコニコしており、またそうするように子供の頃から努めてきました。

笑顔がクセになりすぎて、悲しいときまで笑顔のままに

どんなときでも笑顔、他人が無表情になるようなときでも笑顔…。

私は幼少のときからずっと、どんなときでも笑顔でいるよう必死に努めてきました。そして大人になる頃には、特に意識しなくても自然と笑顔が出るようになっていました。

これだけなら、「え、いいことじゃん?」と思われる方も多いかと思います。

しかし私は、悲しいときやしんみりした空気のときまで、ついつい笑顔が出るようになってしまいました

悲しいときというのは、自分が悲しいときだけではなく、他人が悲しんでいるときも含みます。

自分が悲しんでいるときにニコニコしている人がいたら、あまり良い気分はしませんよね。少なくとも私は「私は悲しいのに、なんでこの人は笑っているんだろう」と不快になります。

このように私は、どんなときでも笑顔でいるように努めたせいで、悲しかろうがしんみりしていようが関係なく、ときにはただ立っているだけでも笑顔が出てしまうようになりました。

笑顔でいることがクセになり、自分でも制御できなくなっていたのです。

 

笑顔でいるようになった理由

そもそも、どうしてこんなクセがついてしまったのか。

それは、恥ずかしくてあまり言いたくないのですが、私の容姿があまり秀麗ではないからです。

両親や家族をはじめ、親戚、クラスメイト、近所の方…。昔から私は色々な人に「不細工だ」と言われてきたため、いつしか「不細工は笑顔でなんとかカバーするしかない!」と自分に言い聞かせるようになりました。

そして、子供の頃の私は、今まで暗い表情ばかりしていたのをやめて笑顔でいるように努め、そのまま大人になりました。

 

笑顔をクセにしても得られるものがなかった

「不細工を笑顔でカバーしたい」という理由で、私は笑顔を絶やさないようになりました。

しかしある日、実はそうして得られたものはほとんどなかったということに気がついたのです。

むしろ、常に笑顔でいると、いつもニヤニヤしている人として低く見られたり、相手の機嫌や顔色を伺う人だと思われたり、何を言っても平気なヤツだと認識されたりなど、問題ばかり呼び寄せてしまいました。

私はいつも笑顔でご機嫌なのに、どうしてこんなに人と仲良くできないの!?と半ば自暴自棄になったこともありました。

でも今は、ニコニコしていても人と仲良くできなかった理由が分かります。

笑顔は自分の感情から自然と出てくるもので、本来は意図的に作るものではないし、意図的に作られた笑顔をいいと思う人は誰もいない。

私はそう思いました。

あらためて書いてみると、当たり前かもしれませんね。でも私は、こんな当たり前のことを認識するのに10年以上かかってしまいました。

 

だから常に笑顔でいることをやめてみた

子供の私にとって、笑顔とは「作るもの」であり、自然と出るものではありませんでした。大人の私にとって、笑顔とは「作りすぎて、逆にいつも張り付いてとれないもの」になっていました。

心から笑っているわけではなく、単にクセで笑っているだけなのに、低く見られたり悪く捉えられるだけで、よかったことなんて1つもない。

それに気づいた私は、常に笑顔でいることをやめてみました。

かと言って、ただ闇雲に無表情でいる練習をしたわけではありません。そのやり方だと、今度は無表情でいるクセがついて、どんなときでも無表情になってしまうという同じことを繰り返すだけです。

ですので私は、まず自分の感情に問いかけることを1番優先しました。

今、私はどんな感情を抱いた?うれしい、悲しい、怒った、怖い、すごくいい、モヤモヤする、何も感じない…?

そして、それにめいっぱい心の中でフォーカスするのです。

すると、自分でも驚くくらい感情が顔に出ます。

今まで張り付いていた笑顔が離れ、スッと顔に自然な表情が浮かんできます。

「自分の感情よりも人の話の内容を聞け」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

たしかに、話者からすれば話を聞いてもらえないのは悲しいと私も思いますが、自分の感情に意識がいって話が耳に入ってこないということがそれほど不自然だとも思いません。

 

感情を素直に表現しても人の価値が下がるわけではない

そして、もう1つ。

常に笑顔でいなかったとしても、私の価値は下がらないと認識するとラクになります。

これは大事なことです。

私の場合、「私は不細工なんだから、常に笑顔でいなければ価値がない」という考えが根付いていました。

でも今は、常に笑顔でいてもつらさしかなく、たいして良さがなかったということに気がついています。

そして何より、「クセ」という理由で笑顔を保っているよりも、素直に感情を出せることのほうが何百倍もすばらしく価値があることだと私は思っています。

 

「常に笑顔」をやめて得られたもの

笑顔ばかりで過ごすことをやめた結果、私は今までよりもずっとラクに生きていられるようになりました。

  • 私は悲しいのにアイツはうれしそうだ
  • 何を言っても怒らないヤツだ

と悪い方向に勘違いされなくて済みますし、素直に自分の感情を出すことに、この上ない自由を感じています。

今まで常にニコニコしていたので、無闇に笑わなくなった私を「大丈夫?」、「最近機嫌悪いの?」と心配してくださる方もいます。

それだけ私はいつも笑顔だったという証拠ですね。笑

でも、それでその周囲の方たちとのおつきあいが終わったりしてはいません。だんだんとみんな慣れてくれているように感じます。

むしろ、私が常に笑っていないとつきあう必要がないと考える人と、私もつきあいたいと思えません。

 

最後に

2度目になってしまい恐縮ですが、感情を素直に顔に出せるということは、クセで笑顔を保つことよりも価値があると私は思います。

ただ、誤解しないでください。

私は「どんなときでも笑顔でいる」ことをやめたのであって、「笑顔になること」自体をやめたわけではありません。

あくまで、自分の感情を素直に表現することにした、ということです。

もし、

  • 笑顔ばかりでいるのに疲れた
  • 笑っている顔がカワイイと言われるし、常に笑っていないといけないような気がする

などという方がいらっしゃいましたら、少しだけ勇気を出して感情を顔に出してみてくださいね。

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この記事を書いた人
Anna

毒親育ちで在宅WebライターのAnnaです。

いわゆる「パワハラ上司」のような祖父母・両親のもとで育ち、大人になっても人間関係をうまく築くことができず、抑うつ・無職などを経験しました。

今は、毒親との絶縁に成功し、バイトしながら在宅でWebライターとして穏やかに暮らしています。

「甘え」、「親不孝」など毒親育ちに対する世間の厳しい言葉をとりあえず置いておいて、100%毒親育ちサイドに立って発信していきます。

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【Webライティングの実績】
・通算500件以上の記事を執筆
・大手生命保険メディア様にて多数記事掲載
・Fintech系サイト様にて記事を1カテゴリー全執筆
・「サグーワークス」様の合格率1%「プラチナライターテスト」に一発合格
・「Lancers」様にて、Webライティング開始後1か月で「認定ランサー」の資格を取得

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